五感で楽しむ日本の伝統文化(2014年度 社会A)

2014_social-studies_a_01.jpg 2014年度の「社会A」(第3学年自由選択科目)の授業「日本文化 基礎のキソ」は、履修者の諸君が今後日本文化について考え、理解を深めていくための一つのきっかけとしてほしいという意図のもと、伝統的に日本文化を構成する要素とされてきたさまざまな事柄のなかからいくつかを取り上げ、演習・実習形式を中心に授業を行いました(同一テーマでの授業は、2008年度・2010年度に続き、今回が3回目。60名の諸君が数ある自由選択科目のなかから選択し、3クラスに分かれて履修してくれました)。

「まずは日本の伝統文化に実際に触れてみよう!」

2014_social-studies_a_03.jpg この授業のキー・コンセプトは、「まずは日本の伝統文化に実際に触れてみよう!」ということ。その前提には、
①担当者の「日本史B」(第3学年必修科目)の授業が政治・法制を中心とする通史を主に扱う分、この授業では文化を主に扱い、かつ履修者の諸君が自ら五感をフルに働かせて参加する授業(自分でできることを増やす授業)にしたい、
②多感かつ貴重な高校3年生の時期、ある程度の軸になるような内容も取り上げつつ、可能な限り多くの内容を取り上げることで、一人でも多くの諸君が日本の伝統文化に興味を持つための「取っかかり」を増やしたい、
という二つの思いがあります。何とも欲張りですが、それがこの授業の原動力です(志木高生の諸君には、担当者の完全な趣味の世界だと思われているようです。確かにその面も否めませんが...)。
 2014年度の授業では、「五感」に沿って挙げるならば、以下の内容について取り上げました。

   視覚 ...変体仮名・日本建築・日本庭園 etc.   聴覚 ...雅楽

   触覚 ...茶の湯・絵巻物            味覚 ...茶の湯

   嗅覚 ...聞香遊び〔香道〕

2014_social-studies_a_02.jpgこのうち香道については、特定の流派に拠らず、香舗のウェブサイトで紹介されている方法で聞香を行いましたが(それゆえ「聞香遊び」と紹介しました)、これらのテーマのうち、年間を通して主軸としたのが、変体仮名の解読演習と茶の湯の実習です。以下、この二つについてご紹介したいと思います。

「和本リテラシー」と「茶のこころ」の涵養を目指して

 まず、変体仮名の解読演習について。「変体仮名」とは、

現在、普通にひろく使用されるものと異なった字体のひらがな。特に明治33年(1900)小学校令施行規則で採用されたひらがなと比べて、字源またはくずし方を異にするかな。[以下略]       (『日本国語大辞典』第2版)

2014_social-studies_a_04.jpgのことですが、その解読能力は、特に前近代の文献〔古典籍〕に接する際には不可欠の素養です。幸いにも日本には現在でも100万点を優に超える古典籍=「和本」(写本・板本)が残されているといわれますが、にもかかわらず、それを実際に読めるのは、多く見積もっても5千人、総人口のわずか0.004%にすぎないといいます(残存点数・パーセンテージともに、江戸文学がご専門の中野三敏氏による)。今後ますますその割合が減っていくと思われるなか、ささやかながら、授業での変体仮名の解読演習(中野氏の言葉を借りるならば「和本リテラシー」の涵養)を通して、履修者の諸君が前近代の歴史・文化に関心を抱き、同時に古典籍の価値を認めてその保存・活用に理解を示せる人材となってほしいと願っています。2014_social-studies_a_05.jpg変体仮名それ自体は、大学では日本史学専攻よりもむしろ国文学専攻で扱われることが多いと思われますが、幸い、この授業にその垣根は関係ありません。現在身の回りにみられるものに始まり、慶應義塾の創設者である福澤諭吉の著作や明治期の教科書、江戸時代の古地図や和算書、文学作品、時々に同時並行で取り上げるテーマと関連づけるかたちでの茶書や香道書、絵巻物の詞書など、特定のジャンルにこだわらず、徐々にレベルを上げつつ読み進めました。
 


2014_social-studies_a_06.jpg 一方、茶の湯は日本の総合文化・総合芸術とも称されますが、その実習は、伝統文化への理解を目指す意味はもとより、高校生ながら日頃授業やクラブ活動で忙しくしている彼らに、限られた時間ではあれど、相手を思いやりつつ、自らを省みる機会ともしてほしい、また何より楽しみながら「茶のこころ」を学んでほしいという思いから導入しています。授業では、立ち居振る舞いや帛紗の扱いなどの割稽古の後、初歩の点前である「盆略点前」(流派によって略点前・略盆点前・盆点前などさまざまな名称があり、作法も異なります)に挑戦しました。はじめこそ見よう見まねでおっかなびっくり取り組んでいた履修者の諸君も、回を重ねるごとに上達し、それとともに関心も高めてくれました。仲間のために菓子を用意してきてくれた生徒や、最後の授業の際に金箔を用意して薄茶を楽しんでいた生徒もおり、担当者としても心温まるひとときとなりました。
2014_social-studies_a_07.jpg 加えて、2014年度には初の試みとして「志木高茶寮」の名で収穫祭にも参加しました。一般のお客様に薄茶を差し上げることで、普段以上に自身の点前を意識し、もてなしの心を体感してほしいと考えたのです。おかげさまで予想以上に多くのお客様にお越し頂き、嬉しい悲鳴となりました(不手際も多々あったかと思います。ご来場の皆様、どうかご寛恕ください)。

履修者の声

 ここからは、履修者の諸君の感想をご紹介します。

 この「社会A」という授業は、塾生としての誇りを幾度となく感じさせてくれる授業であった。というのも、この授業では慶應義塾のポリシーである、「独立自尊」の気風が存在していたのだ。先生が「日本文化とは何か」という、進学校では取り扱う機会のない、ある意味個性的といえる授業が展開されるにあたり、決して先生が一人で先に進めてしまうのではなく、私たち生徒と共に、あるいは生徒から自発的に、正解のない問いを追求していくというスタイル、これぞ"学び"といえる授業だった。
 授業内で取り上げられたテーマの中で一番印象に残っているのは、茶道である。この授業では、実際に生徒がお茶を点てる体験をする。ただお茶をいれて飲むだけではなく、礼法であったり、道具の清め方であったり、代々受け継がれてきた日本人の「心」を学ぶ。それは容易なことではない。最初こそ戸惑いもあったが、徐々に茶道に対して面白いな、と感じられるようになってきた。「心」のこもったお茶は美味しい。未熟ながらも、そうした「心」のこもったお茶を目指した。
 今まで「日本文化」は自分にとって馴染みのない、堅苦しいものだと感じていたが、この授業によって考えが変わり、一歩でも近づくことができて、大きな収穫になった。

 「茶道か、面白そうだし美味しそうだから選択しようかな」という思いで、約一年前に選択授業の希望用紙に丸をつけた。3年になり、いざ授業が始まると、サクラについてや変体仮名を学んだりと、なかなか楽しみにしていた茶道にたどり着かず、不満を覚えたこともあった。しかし、一見難しそうな変体仮名を現代語に訳せた時などの達成感を味わい、だんだんと授業が楽しみになってきた。この休みで帰省したが、普段電話にしろあまり話さない祖父とほぼ一日中変体仮名で盛り上がった。世代が離れていて全く話さなかった祖父と話せたのはとてもいい経験になり、さらに何よりもとてもうれしかった。
 いざ茶道を学び始めても、茶道の他に学んだ雅楽、香道などとどこか全てにおいて共通しているものを感じた。きっと歴史という大きな一つの道の枝分かれの道に茶道や香道などがあるのではないかと考えている。私と祖父をつないでくれたように、歴史にはつながる力もつながらせる力もあるのだと思う。これからも続く日本の歴史、きっとそれは自分の歴史でもあるだろうし、他の誰かの歴史でもあるだろう。先人達の知恵を学び、責任を背負い、しっかりと前を向いて自分の歴史を生きていきたいと思う。
 一年間、社会Aの授業を授業を受けてきて、茶道・変体仮名・建築物など、日本の伝統的なものに多く触れ、学ぶことができました。また、説明を聞くだけの受け身の授業ではなく、先生が茶の点て方を指導して下さったり、変体仮名を読んだり、香りを聞いたりと、実際に体験できたので、毎回の授業がとても楽しかったです。
 変体仮名は一年を通して継続的にやっていたので、間をあけて再び読んでみると意外と読めたりして、覚えていることを実感しました。実際に街に出ると、老舗のお店の看板などは変体仮名で書かれていることも多く、何て読むのか考えるのも面白いです。
 茶道に関しては、やる前にこんなにかっこいいものだとは思いませんでした。真心込めた一杯を客人にもてなすというのはすごいなと思いました。驚いたのは道具を清める過程も客人に見せるところです。現代だと裏方で済ませてしまうことも、作法として魅せるのが、かっこいいと思いました。収穫祭ではリーダーもやらせていただいて、浴衣を着て、本番さながらにやりました。お客さんを前にすると、緊張してうまくできず、難しさも実感しました。祖母が表千家をやっていることもあり、会話が弾みました。
 茶道や香道などのどの種類にしても、昔からの長い歴史があり、古人の嗜好や当時の思想などがつまっていて、学んでいくにつれて、奥が深いことが分かりました。
 一年間、この選択社会Aという教科を通して日本文化の一部と向き合うことができたと思う。特に印象に残っている活動は変体仮名の解読と茶道である。僕は自由科目選択時にこの二つに惹かれて社会Aを履修した。僕はもともと戦国時代や幕末に関心があった。そして関連する歴史を調べたり、実際に史跡に行ったり、史料を見たりすることを度々した。しかし、史料を見る時に、大抵の文字は当時の字や崩しで書かれているために読むことができなかった。そこでこの授業をきっかけに、それらの少しでも読んで理解できるようになれればと思ったのである。
 実際に学習してみると、予想より遥かに難しかった。例えば「の」一つを考えてみても、乃を崩したもの、能を崩したもの、濃を崩したもの等、複数の種類がある。平仮名や片仮名のもととなった漢字のみではなかったことに驚いた。また、藤原定家は極端な例であるが、書いた人それぞれに字の癖が見られ、その人の字質に慣れないと読めないことに苦労した。崩しの度合いが異なる、別の字でも崩した結果が酷似している等、本当に一筋縄ではいかないが、解読できた時は歴史に一歩近づけた感覚を覚えられる。それを書いた人について一つ知ることができ、親しみを持つことができる。また、不思議なもので、知らないと気がつかないものでも、知ると目にとまることがある。変体仮名を学習するようになってから、何気ない所に書かれているそれに気づいて、字母を考えることが増えた。そしてもともとの希望でもあった史料を読むことが少しできるようになった。先日、大河ドラマ「花燃ゆ」を見たのだが、番組の最後に、主人公・文に関する書簡が出て来た。それを見ていると変体仮名が用いられており、僕はそれを読むことができた。簡単なものではあったけれど、一年前の僕では読むことができなかっただろう。この授業を通して僕は、歴史を学ぶ方法の一つを手に入れたと思う。見て、慣れて、考えることだ。自分自身でその特徴や癖を掴む訓練を重ねることが、わかることに繋がると思う。
 次に茶道についてだが、僕は恥ずかしい話、中学校の修学旅行で飲んだ以外で「点てられた茶」を飲んだことはなかった。また、茶から連想できるのが、千利休・豊臣秀吉・わびさび位であった。茶は日本の心という言葉をよく耳にする。近年では日本文化に関心を持つ外国人が理解しようと試みている程である。日本人である僕がそれを知らずにいて良いはずがないと思い、せっかくなので一年間通して知ろうと思った。伝統芸能等で「~流」という言葉を聞いたことは何度かあるが、茶にもそれがあるとは知らなかった。千家から三通りに分かれ、その一つである裏千家を学び気付いたことは、心遣いという根底に流れるものがあるということだ。また、それこそが茶は日本の心と言われる由縁なのではないかと思う。清きものを相手に渡す、動き一つも美しく、ちょっとした心遣いが人を魅了する。茶を通して、本来の日本人の心を垣間見ることができた気がする。そして、日本文化を知る、体験することで、そこに流れる日本らしさを感じ取り、また次の世代へと引き継いでいくことが、僕らの義務ではないかと思う。余談であるが、僕はこの授業の最後に、茶に金箔をのせて飲んだ。豊臣秀吉の気持ちを少しでも味わいたかったからである。日常ではなかなかできない体験をこの授業ではすることができた。大学に行っても、茶のサークルに入る等して続けていきたい。


 このほかにも多くの諸君が感想を寄せてくれたのですが、スペースの都合上、以下は部分引用でご紹介いたします。

・この授業を取った理由は、日本人として日本文化は知っておかないとまずいだろうと思ったからだ。今、グローバル化が騒がれているので、外国の人と接触する機会も多いと思う。胸を張って日本はこういう国だと言えないと恥ずかしいだろう。茶道の言葉に「和敬清寂」というものがあった。もしかしたらこの言葉が近いのかもしれない。確信はできないが、授業を受けてみたところ、このように感じた。(K.M君)
・実践するという要素があったことでとても意欲的になれた気がします。高校生活で強い印象を感じる科目です。(S.K君)
・「感じる科目」「考える科目」だと感じました。(Y.K君)
・どことなく気持ちが落ち着いて、時間の経過に気づかないことも多くあった。伝統文化にはそうした人の心を落ち着かせる力があり、それが人々を魅了したのではないかと思いました。(K.T君)
・我々若者がこれら日本文化というものを語れるようになるということが大事なことだと思う。(S.O君)
・変体仮名は、まさか自分がここまで読めるようになるとは思わなかった。学者などの知識人が読むものだと思っていたが、一つ一つ丁寧に見ていくと、解読できる喜びを感じ取れた。(T.A君)
・一年間茶道をしてきた。実際にやったのはほんの一部分であったと思うが、そんな中にももてなしの心であったり感謝を表す動作が多く含まれ、日本人が持つ特徴はこういったところからきているのだなと感じた。(T.O君)
・4月に始めたときは帛紗をさばくこともあまりうまくできなかったが、1年を通してお茶を点てるまでの一連の流れを学ぶことができたので良かったと思う。特に収穫祭の時に客に対して一人で点てることができたときは少し感動した。(K.I君)
・帛紗さばきも、今や手にやり方が染みこんでいるほどやったので、この一年間の授業の充実度が分かった。(Y.N君)
・今まで和の習い事をしたのは書道くらいで、茶道という貴重な体験ができていい一年間でした。一週間の中で一番好きな授業で、心が落ち着き、部活で疲れていても気持ちの切り換えができました。(R.K君)
・家にもお茶の道具があったので、作法を学ぶことで、気分転換に家で嗜んだりした。(Y.S君)

 これらの声は、決して額面通りに受け取ってはならないと分かってはいても、担当者としてはとても嬉しく(それゆえずいぶん多く掲載してしまいました。すみません)、大きな励みとなりました。今後も少しでも魅力ある授業を提供できるよう、担当者自身、更に研鑽を積んでまいりたいと思います。履修者の諸君、1年間お付き合い頂き、どうもありがとう。君たちがこれからも日本文化に関心を抱き続けてくれることを切に願いつつ、諸君の今後のご活躍を大いに期待しています。

 またこの授業は、保護者の皆様・教職員各位をはじめとして、茶舗・茶道具店・香舗を含む多くの皆様のご理解とご協力なくしては成り立ちませんでした(それはこれからも全く変わりません)。この場をお借りして、関係する全ての皆様に厚く御礼申し上げます。

【参考文献】
  中野 三敏『和本のすすめ ―江戸を読み解くために』〈岩波新書(新赤版)1336〉(岩波書店、2011年)
  『日本国語大辞典』第2版 第11巻(小学館、2001年)、p.1324

(2015年4月)

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