5.「牧童」の像

志木高にはいくつかの彫像がありますが、今回は体育館の前庭にある「牧童」の像についてご紹介します。

広く親しまれる「牧童」の像

牧童1.jpg 「牧童」は左手にクローバーの花輪を高くかかげ、仔牛とともに駆ける少年の像です。この像は、かつて志木高の地にあった慶應義塾獣医畜産専門学校の卒業生からなる蟹ヶ谷三田会の有志によって、慶應義塾創立125周年の記念として1982年11月2日に建立されました。「牧童」の台座にある寄付者一覧にも蟹ヶ谷三田会の名が刻まれていますが、これは獣医畜産専門学校の第1期生から第3期生までの同窓会のことで、会の名は同校が志木に移転する以前に川崎市蟹ヶ谷(現 川崎市高津区蟹ヶ谷)にあったことに由来します。獣医畜産専門学校は1949年に閉校し、慶應義塾の長い歴史においては短い間の存在でしたが、同校の名を長く留めるべく有志によって「牧童」が建立されたのです。そして「牧童」は同校が在ったことの確かなしるしとして、今もこの地で生徒たちに親しまれています。
また、志木市内のロータリークラブにより、クラブ創立25年記念の一環として、「志木市、街かど美術館」と銘打って志木市内の記念碑、彫刻などを紹介するロードマップが作成されました。そこには「牧童」も紹介されていて、「牧童」は生徒だけでなく市民からも広く親しまれています。

作者峯孝ともう一つの「牧童」

札幌牧童1.jpg 「牧童」は、獣医畜産専門学校の卒業生が勤務していた武蔵野美術大学の峯孝(みね たかし、1913-2003)氏によって制作されました。彼は肖像や人体像を得意とした彫刻家で、代表作に北海道の畜産業の発展に大きく貢献したアメリカ人獣医師エドウィン・ダンを題材にした「エドウィン・ダン像」などがあります。豊島区千早にアトリエがあり、氏の没後は峯孝作品展示館となっています(現在休館中)。
「牧童」はもともと北海道のイメージを小さなブロンズの牧童像で表現したもので、1955年に個展に出品されました。その後、北海道の酪農関係者の要請によって野外設置用の像として制作され、1956年に札幌大通公園に「牧童」像が設置されました。これは志木高の「牧童」と同一鋳型から作られたもので、志木高の「牧童」の兄弟像とでもいうべき存在です。それから26年後、躍動感溢れるこの像は高校生にふさわしいという理由で選定され、志木高にやってきました。「牧童」の台座には制作年である「1956」と彼のサイン「T.Mine」の文字が記されています。T.Mine.jpg
なお、札幌の「牧童」は北海道の牛乳生産量が100万石(約20万トン)を突破したことを記念して設置されたもので、終戦後の札幌大通公園に建立された彫刻の第1号でした。同じ「牧童」が志木高と札幌にあり、どちらも畜産に関連している、二つの「牧童」を介した志木高と札幌のつながりはなんともロマンを感じさせます。
【参考文献】
  1. 『慶應義塾志木高等学校研究紀要』39,慶應義塾志木高等学校,精興社
  2. 『志木高五十年』,慶應義塾志木高等学校,精興社 
【画像・情報提供】
  1. 札幌彫刻美術館友の会 http://sapporo-chokoku.jp/

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