レポート課題「国宝を選ぶ」(日本史B)
文化財を「国宝」に推薦する
日本国内に残る文化財の中から、あなたが国宝にしたいと思うものを一つ選んで推薦しなさい。その文化財の形状、時代、所蔵先、伝来、大きさ、材質、作者、用途などについて、できる限り詳しく記述し、その文化財のどこに、如何なる価値があるのか、説明すること。
本校では、3年生が必修で学ぶ日本史Bの授業において、しばしば上記のようなレポート課題を課しています。今年度(2014年度)は4クラスに夏休み自由課題として出題し、68名の生徒が提出してくれました。
出題にあたっては、まず「国宝」の定義を説明します。「国宝」を規定しているのは、1949年の法隆寺金堂壁画の焼失を期に、翌年制定公布された文化財保護法です。そこには、次のような条文があります。
第二十七条 文部科学大臣は、有形文化財のうち重要なものを重要文化財に指定することができる。
2 文部科学大臣は、重要文化財のうち世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるものを国宝に指定することができる。
生徒たちはこの条文にもとづいて、各人が国宝にすべきと思う文化財を選びます。当然、すでに重要文化財に指定されている文化財から選ぶことになりますが、独創的なレポートを歓迎する、との理由で、重要文化財以外からの推薦も認めています。また、レポート作成の手がかりを得るのに、数多くの国宝・重要文化財が展示されている上野の東京国立博物館に行くことを推奨しています(高校生は平常展示を無料で見学できます)。次節の表に示すのが、今年度の生徒たちが選んだ文化財です。
志木高生が選んだ国宝
種類 | 選んだ文化財 | 現在の指定など |
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建築物 | 不動院鐘楼(広島) | 重要文化財・被爆建物 |
仁和寺二王門(京都) | 重要文化財・世界遺産 | |
林正寺本堂(長野) | 県宝 | |
円通三匝堂(さざえ堂)(福島) | 重要文化財 | |
築地本願寺本堂(東京) | 登録有形文化財 | |
金閣寺(京都) | 1955年再建・世界遺産 | |
北口本宮冨士浅間神社本殿(山梨) | 重要文化財・世界遺産 | |
丸岡城(福井) ※2名 | 重要文化財 | |
松江城(島根) ※2名 | 重要文化財 | |
旧弘道館正庁(茨城) | 重要文化財 | |
三田演説館(東京) ※2名 | 重要文化財 | |
慶應義塾図書館旧館(東京) ※2名 | 重要文化財 | |
旧東京音楽学校奏楽堂(東京) | 重要文化財 | |
旧盛岡高等農林学校本館(岩手) | 重要文化財 | |
三鷹天命反転住宅(東京) | ||
絵画 | 天狗草紙及び天狗草紙詞書(延暦寺巻)(東京国立博物館) | 重要文化財 |
四季山水図屏風(伝周文筆/東京国立博物館) | 重要文化財 | |
布袋図(狩野正信筆/個人蔵・東京国立博物館寄託) ※2名 | 重要文化財 | |
耕作図(久隅守景筆/京都国立博物館) | 重要文化財 | |
富嶽三十六景 神奈川沖浪裏(葛飾北斎/静岡・MOA美術館) | ||
洛北修学院村(速水御舟筆/滋賀県立近代美術館) | ||
彫刻 | 大日如来坐像(東京・真如苑) ※2名 | 重要文化財 |
菩薩立像(東京国立博物館) | 重要文化財 | |
空也上人立像(京都・六波羅蜜寺) | 重要文化財 | |
十二神将立像(神奈川・曹源寺) | 県指定文化財 | |
菩薩面(神奈川・鶴岡八幡宮) | 重要文化財 | |
日光東照宮の三猿(栃木) | 重要文化財 | |
幸福地蔵菩薩像(京都・華厳寺) | ||
忠犬ハチ公像(東京) | ||
工芸品 | 直刀(号水龍剣)(東京国立博物館) | 重要文化財 |
沃懸地螺鈿金装飾剣(東京国立博物館) | 重要文化財 | |
短刀 銘国光(東京国立博物館) | 重要文化財 | |
太刀 銘康次(東京国立博物館) | 重要文化財 | |
太刀 銘恒次 附糸巻太刀拵(茨城・土浦市立博物館) | 重要文化財 | |
太刀 銘国時 附糸巻太刀拵(高知・掛川神社) | 重要文化財 | |
太刀 青江守次(東京国立博物館) | 重要文化財 | |
刀 金象嵌銘来国光 スリ上本阿(花押)(東京国立博物館) | 重要文化財 | |
須恵器 脚付長頸壺(東京国立博物館) | 重要文化財 | |
黒楽茶碗 銘俊寛(東京・三井記念美術館) | 重要文化財 | |
褐釉蟹貼付台付鉢(宮川香山作/東京国立博物館) ※3名 | 重要文化財 | |
愛染明王坐像厨子(東京国立博物館) ※2名 | 重要文化財 | |
銀伊予札白糸威胴丸具足(宮城・仙台市博物館) | 重要文化財 | |
書跡・典籍 | 伊勢物語(伝民部卿局筆本)(山形・本間美術館) | 重要文化財 |
尚育王の書(沖縄美ら島財団) | 2014年発見 | |
古文書 | 源頼朝書状(東京国立博物館) | 重要文化財 |
考古資料 | 火焔土器(新潟・馬高遺跡出土/馬高縄文館) | 重要文化財 |
土偶(ハート形土偶)(群馬・郷原遺跡出土/個人蔵) | 重要文化財 | |
花形環頭飾金象嵌銘大刀(奈良・東大寺山古墳出土/東京国立博物館) | 重要文化財 | |
馬冑及び蛇行状鉄器(埼玉・将軍山古墳出土/埼玉県立さきたま史跡の博物館) | ||
石人(東京国立博物館) | 重要文化財 | |
歴史資料 | 大日本沿海輿地全図(東京国立博物館) | 重要文化財 |
蝦夷三官寺国泰寺関係資料(北海道・国泰寺) | 重要文化財 | |
その他 | 石清水八幡宮(京都) | 本殿ほかは重要文化財 |
五稜郭の土塁と堀(北海道) | 特別史跡・北海道遺産 | |
錦帯橋(山口) | 名勝 | |
三渓園(神奈川) | 名勝 | |
国鉄63系電車(モハ63638)(愛知・リニア・鉄道館) | ||
奇跡の一本松(岩手) | 震災遺構 | |
奈良公園のシカ(奈良) | 天然記念物 |
刀剣や城が多いのは、男子校ならではでしょうか。授業時に勧めた通り、東京国立博物館に足を運んだ生徒も多く、今夏に展示されていた文化財も目に付きます。また、慶應義塾図書館旧館と三田演説館を選んだ生徒がそれぞれ2人ずついたのは(少々安易ではありますが)愛校心の表れなのかも知れません。
面白かったレポートをいくつか紹介しましょう。新潟・馬高遺跡出土の火焔土器を推薦してくれたR.S君は、笹山遺跡出土の火焔型土器(国宝)と比較。残存率や同じ遺跡からの出土品の少なさで劣ることを認めつつ、馬高遺跡が戦前から調査・研究された「「火焔土器」の発祥の地」であることを指摘します。また、鎌倉時代の著名な仏師である運慶の息子・康勝が作った六波羅蜜寺の空也上人立像を推薦するT.M君は、同じく運慶の息子・康弁が作った龍燈鬼立像(国宝)と比較。ユニークな作風や表情の素晴らしさなど、龍燈鬼と比較してまったく遜色ないことを主張します。
日本最古の本格的な音楽ホール、旧東京音楽学校奏楽堂を推薦してくれたY.K君は、国宝である大浦天主堂と旧閑谷学校講堂、すなわち、奏楽堂と同じくそれぞれの分野(教会堂と庶民の学校)で日本現存最古の文化的施設と比較した上で、近代日本の音楽文化を象徴する奏楽堂の価値を説明します。また、戦時中から戦後にかけて製造された国鉄63系電車を選んだR.S君は、日本鉄道史におけるこの車両の重要性を指摘、現存する5両のうちもっとも保存状態の良いリニア・鉄道館所有のモハ63638を国宝に推薦してくれました。
出題の意図
この課題で生徒に取り組んでほしいことは、主に次の三つの点です。一つ目は、人文系のレポートの書き方を学ぶこと。体裁や論述の構成はもちろん、図版の付け方、出典の表記の仕方にも慣れてもらいます。二つ目は、文化財を通して日本の歴史と文化について考えること。自国の歴史・文化を知ることの重要性はもちろんですが、現実に国宝に指定されている文化財のうち1割以上が、中国大陸や朝鮮半島など海外で作られたものです。文化財について考えていくと、日本と世界との歴史的な結びつきも見えてきます。
そして、もっとも重要な三つ目は、あるモノの価値について、自分の頭で考えるということ。この点については、三井記念美術館が所蔵する「黒楽茶碗 銘俊寛」を選んでくれたS.H君のレポートが素晴らしかったので、彼の文章を引用して、このページのまとめに代えたいと思います。
今回、文化財を国宝に推薦するという課題を通して、その難しさをとても強く実感した。その理由として、どの文化財にもそれぞれ価値があり、日本の歴史を考える重要な史料となりうるからである。そのため、「これこそ国宝である」という国宝こそが1番であるというような価値観に若干の違和感を覚えた。たしかに国宝に指定することは文化財の保護に大きな役割を果たしているように感じるが、その一方で国宝でない文化財の価値を私たちが見出しにくい現状があるのではないかと思う。たとえば、国宝展のように国宝ばかりを集めた展覧会を開催すると多くの人が集まる。しかし、来客者の頭の中には必ず「国宝なんだから素晴らしい価値があるに違いない」という前提があり、その先入観のもとに鑑賞するであろう。このことは私たち一般人が文化財の価値に気付く目を衰えさせているのではないかと思う。
モノの価値を見極めることは難しいことを今回の課題を通して、強く感じた。しかしその分だけ、価値に気付く喜びは大きかった。私は今まで美術館などに足を運び、鑑賞することがあまり好きではなかったが、今までは展覧会に対して受け身の見方をしていたように感じる。もっと自分自身の価値観を磨き、そのモノの何に価値があるのか、ただ美しいのではなく何が美しいのかに気付ける目を養いたいと思った。文化財を保護するということは、本当の意味では文化財の価値に気付くことなのではないかと思う。
(2014年11月)