鯨と学校教育

第1部 鯨と学校教育

今日の日本では、学校教育の場で、今後の文化の担い手たる子供たちにクジラ文化をどのように伝えているのだろうか。高校3年生の我々のかつての体験と、様々なインタビューから、実態を明かしていきたい。

山口県下関市の教育

下関は、明治時代以降、近代捕鯨発祥の地として栄えた町だ。今では下関というとクジラよりもフグのイメージのほうが強いと思うが、昔は捕鯨の町として相当な興隆を見せたようである。そこで5年間の少年時代を過ごした私が、そこで受けた「クジラ教育」を思い返して、記述してみる。

私は小学校4年生から6年生までの3年間を、下関の公立の小学校で過ごした。全校生徒350人ほどの小さな学校だった。

給食には、月に一回ぐらいのペースでクジラの竜田揚げが出た。鯨肉独特の臭みはあまり気にならず、結構おいしかった記憶が残っている。周りにも、おおむね好評だったと思う。

また、調査捕鯨の正当性をアピールするクリアファイルが配られたことを覚えている。『クジラは増えている。』という文言がでかでかと掲げられ、確か、ミンククジラは最新の調査の結果増加していることがわかった、という内容だったと思う。当時から、クジラは年々減っていて、そのせいで日本が非難されていると聞いていたので、これが配られた時は子供ながら衝撃を受けた。

学校の授業で直接捕鯨文化を教わったことはなかったが、いわゆる「総合的な学習の時間」の中で、グループに分かれて下関の有名なものを調査するといった授業の一環で、捕鯨文化を取り上げた班はいた。

私の実感としては、学校教育で捕鯨文化を学んだというよりは、下関全体の雰囲気から捕鯨文化をおのずから受け止めていったと思う。というのも、下関市はフグだけではなく、「クジラの町」としての観光産業発展にも力を入れているのだ。例えば、当時の自宅からすぐ近くにあった唐戸市場という水産市場では、クジラ肉の取り扱いはもちろん、一年に一度「下関くじらフェスティバル」というかなり大きな祭りが開催されクジラの料理がふるまわれたり、海響館という水族館ではシロナガスクジラの骨格標本が展示されたり、鯨類であるイルカのショーが目玉だったりするのだ。

私が下関で受けた教育は以上のようなものだった。

下関鯨類研究所へのインタビュー

では次に、下関市内の学校で教育活動を熱心に行っている、下関鯨類研究室にメールでインタビューをしたので、その回答を記載しておく。

Q.貴研究室は小学校で出張授業や講義をされているそうですが、捕鯨というデリケートな問題を小学生にわかりやすく伝えるために、どのような配慮をなさっていますか。小学生への授業の場合、学校側は「総合的な学習の時間」の授業の一環で、地域文化、つまり近代捕鯨への理解を深めるという意図があるかと思います。やはり難しい捕鯨をめぐる賛否の問題や歴史観の問題にはあまり触れず、鯨類の生物学的な特徴の話に終始しているのでしょうか。

A.当研究室では教育普及活動の一環として、小学生から年配の方まで様々な機会を通じて、鯨の生態、捕鯨問題、下関と鯨の歴史、等を講義しております。このうち小学生を対象に行う講義の大半は、市の生涯学習課が展開している「出前講座 (http://www.city.shimonoseki.lg.jp/www/contents/1103689332888/files/menu4.pdf) を通じて総合学習の一環として行っています。

小学校の先生あるいは父兄の方からのご要望の多くはこのうち「鯨ってどんな生物?」という項目で、鯨の基本的な生物学を教えます。また、「子供たちに鯨と下関の歴史を教えてほしい」という要望もあり、「関門鯨学」の一部内容を加えることもあります。捕鯨問題に関しては、特に要望が無い限り小学生には話をしません。下関という街が、江戸の昔から捕鯨に関わり、昭和の半ばには南氷洋捕鯨で街が大いに繁栄したという歴史を伝える程度です。

一方、年に一度ですが市の水産課が主催する小学生対象の「くじらサマースクール」という企画があり、ここでは「くじらってどんな動物?」の他に「くじらって捕っていいの?」という項目を担当しています。割り当てられた25分間でこの難しいテーマをどう子供たちに伝えるかいつも悩むところですが、ここでは「捕鯨が良いか悪いか」という話ではなく、「鯨は世界の人々が食料とする多様な動物(それは家畜だけではなく、鹿やカンガルーやカエルなどを含め)の一つで、特別な動物ではない」「日本人は昔から鯨を食べてきたけれど、食べ物に対する人々の価値観は様々で、世界には鯨を食べることを嫌う人たちもいる」「ただ、ヒンズー教の人々がアメリカ人にハンバーガーを食べるなと言わないように、自分たちの価値観を人に押し付けるのは良くない(暴力での押しつけはさらに良くないこと)」と言った話をしています。

私は教育者ではありませんが、小学生の子供たちに重要なことは、相反する価値観がぶつかる問題においては一方の意見だけを正しいと教えるのではなく、自分たちで考えるための知識と経験(鯨を食べることも重要な経験)を与えることだと思っています。

このような回答をいただいた。私も教育において必要なのは、「自分たちで考えるための知識と経験を与えることだ」と思う。捕鯨問題というのは、その意味では最も良い教材だ。ただ、私が下関に住んでいたころに受けていた教育は、私に自分で考えられるような判断材料を与えてくれなかったように思う。鯨肉が給食に出ても、それが何を意図しているかを周りの級友は気にすることもなかった。ぜひ「くじらサマースクール」で行っているように、世界にはいろいろな価値観があって、くじらを食べる文化もあれば、食べない文化もあること、そして相反する価値観に出会った時に、自分がどう付き合っていくかを考えさせるような教育を広げていってほしいと思う。

和歌山県太地町の教育

The Coveの舞台にもなり、今なお沿岸捕鯨を続けている太地町の教育委員会に、クジラ教育についていくつかの質問を用意し電話でインタビューしたところ、以下のような返答をいただいた。

Q.鯨教育は町の方から学校へ指示しているものなのか?

A.地域は方針(故郷学習)だけだしてあとは学校に任せる。現在小中学校では鯨の学習を、高校では移民教育を行っている。

Q.その教育方針の目標はなにか?

A.地域の歴史や文化を知ろうということである。地元の人は自分達が住んでいる地域のことをよく知るべきである。

Q.国が率先して鯨教育するべきか?

A.するべきだと思う一方、国には国のこともあるし地域学習を地域で行うということは必要である。

Q.日本から見た他の食文化とのかかわり合いについての教育をしているか?

A.特にやっていない

Q.太地町で捕れた鯨は学校給食に使われているか?

A.沿岸捕鯨で捕れた鯨(ゴンドウ)は一切給食には使っていないが、調査捕鯨で捕った鯨を小中高校、幼稚園、保育園で給食に出している。

地域独特の特徴を知るためにその地域ごとそれぞれの歴史や文化を小学校・中学校の内から教育することは非常に素晴らしいことだと思う。ただ、他の地域では違った歴史・文化があるということも教育するべきだ。それは例えば、反捕鯨の地域もあるとういうことを教え、そういった自分たちとは正反対の意見を持っている地域を理解し、どう接していくかというところまで教育するようなことである。小学校・中学校の内にこのような教育をしていれば、将来こういった国際問題を解決の方向へと進ませることができるのではないだろうか。

千葉県和田町の教育

千葉県和田町は、関東で唯一の鯨の解体場があるところです。和田の捕鯨会社、外房捕鯨の社長へのインタビューを試みた。

Q.社長は毎年和田小学校で講演会をされていますよね。その講演でどんなことをお話しされたのですか?また、捕鯨に従事する立場から、子供たちに何を一番伝えたかったのですか?

A.捕鯨問題については、捕鯨に反対する人をどのように扱うか、というのはあまり問題ではなくて、いろんな意見があっていいと思うので、こんな意見があるよ、ということを紹介したくらいだ。あとは、自分が捕鯨をしているのは食うものを供給するための仕事なので、子供たちに僕はこういった仕事をしているよ、と堂々と伝えただけだ。 今、食い物は衛生的な問題で、作る人が外からはどんどん見えなくなっている時代だ。だからこそ、子供たちに自分たちがどういう仕事をしているかを紹介して、解体の現場を見てもらって、そして自分でものを考えるということを子供たちにしてほしいと思っている。

和田町でのクジラ解体については世界各国が報道している。それほど日本のクジラ教育は世界から注目されている。我々は普段クジラに接することがないゆえに学校ではクジラについての教育があまりなされていない、その中で和田町でのクジラ教育は日本文化を継承していくうえで大事な役割を演じている反面日本の子供に偏った価値観を植え付けるのではないかと私は懸念していた。

けれどもこのインタビューの内容で私は安心した。クジラ教育をしている人々は単に子供たちにクジラ漁はいいことだと伝えているだけではなくて、きちんと自分たちの仕事に誇りを持ち、クジラというものをきちんと見せながら子供たちに自分たちでクジラ漁の良し悪しを判断させている。このようなことがクジラ教育に必要なことであり、そしてクジラ文化を継承していくうえで大事なものではないかと思った。

クジラ文化がなくなるということは日本の文化の歴史上、その部分だけが空白になるということだ。我々が学校の授業で歴史をやっているのはそのようなことを防ぐためなのに、外部からの圧力に負け、その文化を手放すのはあまりにも惜しいことであり、歴史というものを侮辱しているのではないかと思う。これからの日本はもっと和田町のようクジラ教育をすべきだと思う。

編集後記

今回、インタビューで回答を得ること自体が大きな壁だった。われわれは高校の授業で捕鯨問題を学んで、専門的な知識を得ようと努力した。そして専門家は自ら所有する知識を民衆に広める必要がある。それを何とか小学校の段階で行ってもらうことが我々の願いだ。なぜなら、捕鯨問題は自分で物事を考えることを身に着けるための、一番いい道具だからだ。M


常日頃から、私は国の方針のもと行われてきた調査捕鯨と、限定的な地域でのみ行われてきた沿岸捕鯨を、同じ『捕鯨』というカテゴリーに当てはめて考えるのではなく、分けて考えるべきだと思っている。調査捕鯨のような国家的プロジェクトを布教させることには、教育のやり方として、やはり一抹の不安を覚えるのである。しかし、今回下関のことをもう一度振り返ってみて、調査捕鯨によって繁栄した文化があること、また調査捕鯨に関する一連の問題が我々に長い歴史を持つ鯨食文化について、ひいては異なる価値観にどう向き合っていくかについて改めて考えさせられたことに気づき、安易に捕鯨教育を軽視するべきではないと思うようになった。

また教育で大切なのは、「何を教えるのか」ということも大事だが、「誰が教えるのか」であると思う。つまり、捕鯨文化を身近に感じていない教師が教育をすることなど無茶で、子供たちが関心を持つことはないに決まっている。だから、和田町などのように当事者を招き、子供たちに自分の仕事についてリアルな声をきちんと伝える、そして自分が考えるための判断材料をしっかり与える、これが肝心だろうと思う。

我々は高校の授業でやっと捕鯨文化について学び、ディベートや個人研究で自分の考えを積み重ねてきたが、地域文化として捕鯨に触れることがない人にもこの機会が与えられれば理想的だと思う。だから、こうしてホームページなどを作って発信しているのだ。ぜひ、若い段階で捕鯨文化について考え、将来の選択を自分たちでできるような力を養っていくべきだと思った。Y

第2部 鯨の解体を見てきた!

2014年8月20日、東京から3時間かけて、房総半島の南端、和田浦駅にやってきました。

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ごく普通の漁村が広がっている中に、関東で唯一の捕鯨基地と解体場があります。(下図の右奥です。)ここは外から解体場の様子が丸見えになっているため、だれでも自由に見学することが出来ます。

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朝の9時半からさっそく解体が始まります。昨日捕れたイルカが海から解体場の中に引き上げられるのですが、東京から始発で行っても間に合わず・・・その様子は見ることはできませんでした。クジラはすでに引き上げられています。この日のギャラリーは20人ほどでした。

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最初に水産庁の職員がクジラのデータを取った後、さっそくクジラに刃を入れていきます。まずは背びれを切っていきます。切り取った部分は氷水に漬けておきます。

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つぎに、クジラの左面の皮をはいでいきます。皮にチェーンを通し、機械で巻き込みながら、刃物で切りこんで効率よくさばいていきます。

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このようにチェーンを通して・・・

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(見えないけど)奥にある機械で皮を引っ張っています。

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終わるとこんな感じ。

同様に、おなかの皮をはいでいきます。

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奥にいる機械を操作している方が、この会社の社長です。右奥では、先ほど切り取った皮を同時進行で適当な大きさにカットしています。クジラの体には、もうつぎに巻き上げるためのチェーンがついているのが分かるでしょうか。

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腹の肉を切ると、尋常じゃない量の血が出ます。現場には生臭いにおいが立ち込めます。

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内臓はこうして隅に置いておきます。
今度は向かって左側の肉をはがしていきます。もちろん機械も使います。

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この人が処理しているのは睾丸かな?ここまで有効に使うのですね。

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次はクジラの左側面の肉をはぎます。

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ようやく背骨が見えてきました。
終わると、こんな姿になります。

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次に、内臓を取り出します。おそらく胃ではないかと思います。

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想像以上に大きいです。

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頭は切り離します。切断面はこんな感じ。

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いよいよ大詰めです。ワイヤーで引っ張ってクジラの向きを横向きに変えます。

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横向きになりました。

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背骨と下腹の肉を切り離していきます。

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切り離し終わったら、水で流して綺麗にします。

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販売用に、ブロック状に切り分けていきます。

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奥の様子を別の角度から見てみます。肉を切って、振り分けていきます。氷水の入った水槽に投げ入れます。

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こうして解体は終了。時間にして1時間半もかからなかったように思います。この後は、ここで業者・一般向けに鯨肉の販売を行います。

我々はおなかがすいたので、鯨料理でも食って帰るか―ということになりました。たまたま歩いていた漁師さんに声をかけ、おいしい鯨料理店を尋ねたところ、なんと見ず知らずの私たちに、お手製の鯨料理をタダでふるまってくれたのです!!どうやらそこは町の漁師さんの共同の食事場で、私たちも一緒に食べさせてくれることになりました。その料理がこちら。

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クジラのステーキは、思ったより臭みがなくて、ご飯が結構進みます。学校給食で出た竜田揚げもおいしかったけど、やっぱり漁師さんが作るご飯は違いますね。

駅に向かっていたら、海水浴場を発見!海の水がとてもきれいです。もちろん泳ぎました。

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初めて訪れた南房総の和田町。海に囲まれて景色もよかったし、なにより人情にあふれていました。実は解体作業後、社長に少しお話を伺ったのですが、「文化を守るっていうけどさ、要はおいしく食うってことだよね。」と、最後に社長が私たちに語っていただいた言葉がとても印象的でした。この町で捕鯨が見える形で、人々の生活に沿った形で、確かに行われていました。私は、この営みを途絶えさせたくないな、と強く思いました。