現在の捕鯨問題 ~先住民族捕鯨から考える~

イヌイットの定住の歴史と誕生

現在、カナダで生活をする「イヌイット」は北極地方、特に北米大陸の北端と北極諸島沿岸部で生活している。北極海は栄養がとどまりやすく、海獣類など生物が多様かつ大型である。富栄養な理由としては、北極地域の水は、気候が寒冷で水が凍るために高塩分になり、密度が高くなり深層へと沈む。この栄養分を含む水は、循環しようとして太平洋に流れようとするが、ベーリング海峡が浅く、狭いために太平洋に流出する水がほとんどない。こうした理由で北極海に栄養分が残るのである。そのため、アザラシ、セイウチ、クジラはこの地域に多く生息し、栄養分を多く持った生物となる。特にアザラシはタンパク質・鉄分・ビタミンといった栄養分を多く肉に含んでいる。一方、作物は寒冷な気候のため育ちにくい。夏になると寒冷ではあるが地肌を現した大地で地衣類や花々が咲く。その頃には果実を摘んだり、食用植物の根を地中から掘り出して食料にする。9月中旬になると大地は雪と氷に覆われ、冬は一日中太陽が出なくなる。陸地、湖沼、河川、海も凍る。そしてブリザードが吹き荒れる。このような自然環境の中で狩猟技術の向上によって環境に適応してきたのである。

イヌイットの生活する地域はカナダヌナブット準州と言われる。日本の面積の5.5倍の広大な土地であるが約3万2000人の人間しか生活していない。住民の80%がイヌイットといわれる先住民である。

イヌイットの民族的特徴

イヌイットの特徴は、極寒のツンドラで狩猟のみで独自の生活文化を築いた点にある。永久凍土の大地で、魚や鳥といった動物の狩猟によって衣食住を行ってきた。狩猟採集民が生活を狩猟より採集に依存する割合が高い中で、イヌイットが北極圏に定住できたのは、道具や狩猟法の独自の発展が高度になしえたからであるといえる。

論文を読んで

2009年度 第22回研究大会 講演記録
「北アメリカ極北先住民の食文化と社会変化‐カナダ・イヌイットとアラスカのイヌピアットを中心に」
国立民族学博物館・総合研究大学院、岸上伸啓

カナダに住んでいるイヌイットの人々の現代の生活様式を文化人類学的な視点から記録に残し分析している。文化人類学的な観点でみたときに重要な2つの点は、まず社会制度や親族関係、宗教観、儀礼、階層、利害関係などのさまざまな社会的要素と食文化がどのように関連し結びついているかを検討すること。もう1つは相手の立場にたって物事を持っていく視点を取ることである。

イヌイットは単純に定義すると極北地域を主な居住地としてイヌイット語を母語とする人々をさす。しかし、エスキモーと総称されていた人々には地域ごとに異なる民族名称があり、ユピートやイヌピアット、イヌヴィアルイットなどがそれであるが「イヌイット」という名称はカナダに居住する一部の集団の名称ということになる。つまり、極北先住民は多様な民族群であるのだ。

イヌイットの社会では狩猟によって生活しているが捕獲した生肉を他人に売って現金を得ることはせず、親族や村人の間で分け合う。この食物分配の慣習によってイヌイット社会では飢えることが少ないといえる。また狩猟・漁労による食糧確保はできるが狩猟による現金収入は見込めない。しかし狩猟・漁労をするためのスノーモービルの燃料には金が必要となる。ここに現代のイヌイット社会の矛盾がある。現金収入源としては村にある公的機関や生協などの仕事から得る賃金、年金や生活補助金があり、このような経済の中で生活している。教育も普及し始め、幼稚園から小学3年生まではイヌイット語を教え、その後はイヌイット語と英語の教育を行っているのが現状だ。宗教は20世紀初頭から大きく変化し、シャーマニズム的な宗教からキリスト教へと変化した。復活祭やクリスマスは彼らにとっても重要で、これらの時には村の集会所に集まり祝宴を開催するなど宗教の影響はイヌイット社会においても大きい。人口構造からの視点で行くと、最近は都市部の発達、個人の自由を受け入れる風習や住宅環境の良好さなどに起因して特にイヌイットの女性が都市部に移住する傾向がある。

極北先住民の食文化の特徴と変化をみてみる。地球温暖化によって海氷が減少し、海底油田の開発、北極航路の観光開発が進み捕鯨活動に影響を与えている。食文化の特徴は生食が中心であり料理といわれるものはほとんどない。脂肪を多く摂取し、食物繊維はあまりとらずに高タンパク質、高カロリー食だ。狩猟したものをみんなで分かち合うことも特徴の一つである。

イヌイット料理は基本的に生で食べることが主であり、干し肉は保存食として、冷凍したものは長期保存食となる。アザラシの脂は日本人の醤油のように調味料として使用している。

北アメリカの極北地域においては地球温暖化の影響や環境汚染の影響でアザラシやホッキョクグマの生活が脅かされ、回遊ルートの変更を促して以前と比べて狩猟が困難になってきている。しかも国際条約により獲物の捕獲も規制されていてこの地域の先住民の食の安全保障が今問題になっているのだ。

岩崎まさみ氏は、松本博之編「海洋環境保全の人類学」という国立民族学博物館調査報告(2011)の中で先住民族捕鯨について論じている。この論文についてまとめていきたいと思う。

1. はじめに

捕鯨やホエールウォッチング、また反捕鯨運動は何らかの形で鯨を「利用」しているが、一般的にクジラが死に至る利用方法であるかないかによって、それぞれは、「致死的利用方法」と「非致死的利用方法」に大別される。捕鯨を代表とするクジラの「致死的利用」には、クジラに関する文化的知識が不可欠である。

2. 先住民族による捕鯨活動の現状

先住民族たちは、昔、クジラを超人間的存在だと信じ、感謝と祈りを持って捕獲してきた。しかし、現在先住民族たちは、これらの超人間的な存在に代わって、国家の管理、さらにそれを超える多国間外交の管理のもとで捕鯨活動を行っているのだ。

現在、先住民族の捕鯨を管理している。国際機関は、NAMMCO(北大西洋海洋哺乳動物委員会)とIWC(国際捕鯨委員会)の2つの多国籍機関である。

2‐1. 北大西洋海洋哺乳動物委員会

NAMMCOにはノルウェー・アイスランド・グリーンランド・フェロー島が加盟している。そして、NAMMCOはこれまで適切な資源管理がなされてこなかった種も含めて、北大西洋海域に海洋哺乳動物資源全般の資源管理を目指し、特に北方の過酷な自然環境にある海洋哺乳動物資源の管理・保全を行うと同時に、それらの資源に存在する地域住民の生活権を守る資源管理を目指している。

2‐2.国際捕鯨委員会

先住民族の捕鯨活動の詳細を決定する最も大きい国際機関である。この機関では、1946年の設立当初から先住民族の捕鯨活動を「商業捕鯨」とは別の例外的な扱いとした。

しかし、1970年代に入り、イヌピアットの捕鯨活動において北極セミクジラの捕鯨頭数が増加している事態を憂慮したIWCはクジラ資源保護のためにゼロ捕鯨枠を決めた。これはそれまでの先住民族による捕鯨をその文化の社会的栄養上の重要性を認めていくという政策から、クジラ資源保護に重点を置いて慎重な政策へ転換することを意味していた。

これは、反発が激しかったため1978年度の捕鯨枠を18ストライク(そのうち12頭を捕獲する)と決定したが、このとき北極セミクジラの資源量に関する科学的データとクジラの社会的・文化的ベースに関するデータを提供することを義務づけた。

IWC内では先住民族捕鯨に関わる問題に対処するための"an ad hoc working Group"が1979年に放置され、IWC内での先住民族の管理に向けた検討が開始された。これにより、「先住民族・生業捕鯨のカテゴリー」が確立し、IWCは先住民族による捕鯨活動を認めていく意思を表した。

3. 先住民族による捕鯨活動

リーブスは先住民族の捕鯨活動を3つに分類している。

  1. 国際捕鯨委員会の管理下で行われている捕鯨活動
  2. 自国政府の管理を中心に行われている捕鯨活動
  3. その他捕鯨に関わる先住民族による捕鯨活動

 

3‐1. IWC加盟国による先住民族捕鯨

現在、IWC の先住民・生業捕鯨として捕獲が許されている先住民族捕鯨はさまざまあるが、それぞれの先住民族捕鯨者は、IWC 技術委員会において、捕鯨に対する社会・文化的,栄養上のニーズがあることを立証する必要があり、さらにそのニーズを満たすために必要なクジラの頭数を明らかにしなければならない。

3‐2. 自国政府の管理を中心に行われている捕鯨活動

クジラ資源管理上、一般的にクジラは大きく2 つに分類され、公海を広く回遊する大型のクジラを「大型鯨類」、回遊範囲が沿岸地域に限定されていると考えられている小型のクジラを「小型鯨類」とされている。カナダ・イヌイットによるベルーガ漁や、フェロー島の住民がコミュニティー全体でゴンドウクジラを追い込む漁などの捕鯨が「小型鯨類」を捕獲対象とした捕鯨であり、これらの捕鯨はそれぞれの国の責任において管理されている。

4. 先住民族による捕鯨活動の現代的意味と課題

1970 年代から1980 年代にかけてIWC の中外で行われた「先住民・生業捕鯨」の設置に至る議論を検証すると、議論の中心に先住民族にとって捕鯨活動が社会・文化的に、また栄養上から重要であることへの理解が伺われる。しかし、先住民族の捕鯨活動は生きる糧としての「生業」から、さらに多様な意味を持つように発展してきた。

4‐1. 先住民族捕鯨における現金経済

主流社会の現金経済が先住民族捕鯨に及ぼす影響は大きく、先住民たちが労働者として現金収入を得ることが安定した日常生活を送る必須条件になっている地域が多い。同時に先住民が自給のために得る野生動物や海洋資源を、現金化することが「先住民族の権利」なのか、それともそれは「商業行為」なのかが問われている先住民族コミュニティーもある。これは「商業性」をめぐる問題である。先住民族による鯨の分配は、金を介在しない物々交換を含むが,「売り買い」という現金が介在する行為になると、「商業性」という問題が起きる。さらに「商業性」という要素が含まれてくると、「本物」の先住民族捕鯨活動ではないという懸念が起きてしまう、ということだ。このような先住民・生業捕鯨における「商業性」に関する議論は、今後も継続され、先住民族による捕鯨活動のあり方、さらには鯨資源管理のあり方を左右する課題となることが予測される。

4‐2. 複合的要因を背景に復活する先住民族による捕鯨

長い間行っていなかった捕鯨を再開し,捕鯨の伝統を復活させようとする先住民族がいる。しかし実現に至っていない。ここではアメリカ合衆国先住民族であるマカーの捕鯨復活の経緯を検証することを通して,先住民族の捕鯨復興に関わる諸要因を分析する。マカーの捕鯨復活の背景には,1855 年にアメリカ政府との間に交わした「ニア・ベイ協定」があり,その協定の中でアメリカ政府がマカーの捕鯨に対する権利の存続を認めたことが法的な根拠である。アメリカ政府はその後のIWC 年次総会において,以下の3つの理由により,マカーの捕鯨を支持し,その捕獲枠を要求するとした:

  1. 「ニア・ベイ協定」にはマカーには捕鯨を行う権利を持つことが明記されていること。
  2. マカーは1,500 年の長い捕鯨の伝統を持つこと。
  3. 科学的調査の結果,マカーが捕獲するクジラ資源には,影響が及ばないこと。

マカーの人々にとって捕鯨復活はいくつもの意味を持っていた。第一はその栄養上の価値である。全マカー世帯の49%が政府機関の財政的援助を必要とする貧困世帯であることを考慮すると、クジラがマカーの食生活にもたらす食料としての価値は高い。また、捕鯨の復活は、マカーのコミュニティーで見られる失業や貧困などに起因する多くの社会問題の解決の手がかりになるとしている。そして、マカーの捕鯨が復活することにより、社会にも捕鯨に関わる様々な要素やそれらに関わる価値観を再検証して、現代社会に適切なものへと変えていこうとする前向きな努力が始まった。このような変化は現代先住民社会の中で捕鯨活動がもたらすことができる重要な変化であり、一言で言えば「先住民捕鯨コミュニティーの社会・文化的活性化」である。

4‐3. その他の課題

第一に1980年代からIWC においてクジラの捕殺方法に関する課題が高まってきた。その背景には動物愛護思想に発する捕殺方法の倫理性がある。つまり捕鯨におけるクジラの「致死時間」を出来る限り短縮することにより、短時間でクジラを死に至らしめることを「人道的」として奨励されるようになった。しかしこの考え方を先住民族による捕鯨活動に適応しようと思うと、一般的に言われる「伝統的な捕鯨方法」と「人道的捕殺方法」には矛盾が生じる。伝統的な銛を用いた捕鯨を行うことは、クジラの致死時間を長くする事につながり、その結果「非人道的」となる。その一方、銃などの近代的捕鯨技術を用いることは先住民・生業捕鯨には相応しくないと捉える見方もある。このような矛盾により、捕鯨技術の改良により「人道的」で効率の良い捕鯨作業を行うことに対して、一般的な見方は「先住民族らしくない」であり、また「先住民族は単純な捕鯨技術でクジラを捕獲していたから、資源の枯渇を生まなかった。」「技術の進歩はクジラ資源保護に反する」という意見までが跳び出し、国際捕鯨取り締まり条約以前のカヌーと銛でクジラを追う先住民族捕鯨のイメージが再燃してくる。

まとめ

私たちが捕鯨に対して賛成意見を持つとき、先住民族の捕鯨の様に文化的で伝統的な要素を含んでいることが重要であった。そこで私たちは先住民族の捕鯨について調べ、理解し、そして先住民族捕鯨についての論文を読みその在り方について考えた。

岩崎まさみ氏の論文の中で"先住民・生業捕鯨における「商業性」に関する議論は、今後も継続され、先住民族による捕鯨活動のあり方、さらには鯨資源管理のあり方を左右する課題となることが予測される。"とあった。したがって、この「商業性」について考えていきたい。我々志木高生の捕鯨を巡る討論では和歌山県太地町における捕鯨を先住民族捕鯨として捉えることができないかという意見も多かった。今回調べてみてわかったことは、イヌイットは環境的にも歴史的にも狩猟(捕鯨も含む)による生活とは切っても切り離せないということだ。現代のイヌイットの生活において、スノーモービルの燃料代やその他光熱費や家財を手に入れる際に物々交換ではなく現金が必要となったため、狩猟で得たものを現金化する必要があった。これは物々交換をしていたころのイヌイットの生活とは本質的には変わらないものであると私たちは考える。現代の先住民族捕鯨は「商業性」を含まざるを得ないものなのではないだろうか。

一方で、太地町の捕鯨には確かに伝統性がある。しかしながらイヌイットのような生活環境ではないし、捕鯨の商業性がなくても生活は可能である。

現在、環境の変化や科学技術の向上によりイヌイットでも捕鯨の商業性を懸念する声がでている。つまり、「商業性」という要素が含まれてくると、「本物」の先住民族捕鯨活動ではないということだ。その点については熟慮が必要である。自給のために得る野生動物や海洋資源を、現金化することが「先住民族の権利」なのか、それともそれは「商業行為」なのかということである。これは「商業性」をめぐる問題だが、イヌイットと太地を同じレベルで考えるのは妥当ではないと考えられ、先住民族捕鯨についてはもう少し討論の余地があると考えた。

また、現在の捕鯨問題については単純な肯定、否定の二極化の議論では不十分であり、いろいろな視点の中でメリット・デメリットを考えて妥協策を見出すのが良い方法だと思う。今回先住民族捕鯨に焦点を当てたことで、その視点の一つを提供できたのではないかと私たちは思う。読者の方々には、志木高生が多角的な視点を提供することを目的にホームページ化していることを理解していただき、そのうえで今一度日本の捕鯨について考えてみてほしい。

参考文献

  • 食の文化フォーラム 旅と食 ドメス出版 神崎宣武/編  出版年2002/10/1
  • 北米先住民族の文化と主権 筑波大学出版会 松井健一/著 出版年2013/2/1
  • 地球最北に生きる日本人―イヌイット大島育雄との旅― フレーベル館 武田剛 出版年2009/12/1
  • 地球千年紀行―先住民族の叡智 清水弘文堂書房発行 月尾嘉男 出版年2012/4/26
  • 写真で知る世界の少数民族・先住民族 イヌイット 汐文社 レスリー・シュトゥラドゥヴィク/著  斎藤慎子/訳 出版年2008/2/1
  • 松本博之編「海洋環境保全の人類学」 国立民族学博物館調査報告(2011) 論文「第8章 先住民族による捕鯨活動」 岩崎まさみ 閲覧2014/12/18
    URL:http://ir.minpaku.ac.jp/dspace/bitstream/10502/4427/1/SER97_009.pdf
  • 2009年度 第22回研究大会 講演記録「北アメリカ極北先住民の食文化と社会変化―カナダ・イヌイットとアラスカのイヌピアットを中心に」(会誌 食文化研究 NO.6. 39~44 (2010)所収)国立民族学博物館・総合研究大学院、岸上伸啓 閲覧日2014/12/18
    URL:http://ir.minpaku.ac.jp/dspace/bitstream/10502/4846/1/KN%ef%bc%9aSYO%206%ef%bc%9a39-44.pdf