2024年3月9日。陽ざしの暖かさと明るさに、確かに春が前へ向かっていることが感じられたこの日。1948年に開設された本校の75年記念式典が行われました。場所は2月22日に竣工式を行なったばかりの新施設「光彩館」2階の多目的ホール。本イベントがこけら落としとなりました。

 来賓者17名をはじめ、旧教職員、歴代PTA会長、生徒会執行部そして慶應志木会(本校OB会)の先輩方が数多く臨席されました。式典の後に行なわれた記念植樹とともに、以下、当日の様子を簡単に紹介します。

【記念式典の部】

〈登壇者紹介〉

 登壇された伊藤公平塾長、山内慶太常任理事(一貫校担当)、岩沙弘道評議員会議長、麻生泰連合三田会会長、坂上隆彦志木会会長、そして髙橋美樹本校校長の6名の方々が紹介されました。

〈開式〉

 司会の中島義和事務長による宣言でいよいよ開幕です。

〈塾歌演奏〉

 本校ワグネル・ソサィエティー男声合唱団11名が塾歌を堂々と歌い上げました。強弱や緩急を自在に操り、式典に彩りを添えてくれました。

〈式辞〉髙橋美樹校長

 冒頭で関係者に対するこれまでの支援への感謝の意が述べられました。そして開設75年を機に新たに定めた教育方針について言及されました。その教育方針とは「多様な『交際』ですすめる『数理と独立』の教育」というものです。経済学者シュンペーターの言説を引きながら、この教育方針の体現者、すなわちイノベーター、起業家、先導者がまさに福澤諭吉そして志木高の土地を提供してくれた松永安左エ門であったと説明されました。最後に、志木高が今後さらなる発展を目指していくことを表明されました。

〈来賓紹介〉

 登壇者とは別に、常任理事5名、各一貫校校長4名、元校長2名、塾監局局長の12名の方々が紹介されました。

〈祝辞〉伊藤公平塾長

 前半では、志木高の前身である農業高等学校時代からの歴史をさかのぼり、いまの志木高がそこからどのように発展してきたのかを振り返りました。後半では、伊藤塾長ご自身の志木高との思い出が披露されました。はじめて来校したのは大学1年のときで、当時体育会庭球部に所属しており、志木高のテニス部の練習に来られたそうです。気合いの入った練習ぶりに圧倒されたとのこと。また当時のテニス部部長の足立教諭とのエピソードには会場から笑いが起きました。それ以来、大学や学会、社会において志木高出身者に会うと親近感があり、「さすがに志木出身者」と思わずうなる経験を重ねてきたとのことでした。理工学部の教員になってからも志木高出身の理工学部教員と一緒に志木高を訪ねるのが楽しみだったと述べられました。最後に、志木高が100年の節目に向けてさらに飛躍することを祈念すると締めくくられました。

〈祝辞〉坂上志木会会長

 本日の式典には1期生の先輩をはじめ、多数の卒業生が招待されており、まずそのことへの謝意が示されました。そして先輩方に語りかけるように「牛舎もあった。畑もあった。農業コースもあった。慶應農業高校が慶應志木高校として立派になった。ぜひいまのメンバーを褒めてやってほしい」と感慨深く語っておられました。
 志木高の魅力は「結束力」にあるとのこと。その理由は他の一貫校の高校と違い、志木高は高校段階から慶應に入ってくる者が多く、「ピカピカの慶應1年生」の集まりだということ。また、それぞれ地元の中学ではトップレベルの学力だったのに志木高に入ってみるとみな同じようなレベルでごく普通の人間になるということ。同じ立場を経験することによって仲間意識が強くなり、結束力が増し、それが一生続く母校愛になっていると振り返りました。
 3年間行なってきた募金活動が目標金額達成間近だと報告すると、会場から拍手が起こりました。

〈光彩館落成報告〉森岡崇主事

 無事光彩館が完成したことに対して、ご寄付をいただいた方々や関係者にお礼が述べられました。
 光彩館が「多様な『交際』ですすめる『数理と独立』の教育」という本校の教育方針の実践の場として欠かせない施設であるということが、和室など具体例を挙げながら説明されました。また本校卒業生である大山エンリコイサム氏による壁画がこの教育方針や光彩館のコンセプトに非常に適ったアートであることも紹介されました。

〈生徒会制作75年記念動画上映〉夏天碩2023年度生徒会会長

 夏君は記念動画の上映をはさみ、2度スピーチに立ちました。
 まずは、記念動画を作るにあたり、普段何気なく生活してきた志木高がどのような意味を持っていたのかと考えるようになったと切り出しました。その答えは作業を進めていく中で自分なりに見つけ出すことができたようです。上映された動画は主に教員(兼卒業生)や在校生へのインタビュー形式で構成され、志木高の過去と現在の様子を掘り起こすというものでした。上映時間の13分があっという間に感じられるほど見応えのある内容でした。会場からの反応も良く、夏君の挨拶の後にはこの日いちばんともいえる拍手が沸き起こりました。式典終了後には志木会の方々から「今日観られなかった卒業生にもぜひ観せてやりたい」との声が聞かれました。

〈閉式〉

 1時間弱というスムーズな式運びで式典は無事終了となりました。

〈写真撮影〉

 多目的ホール内にあるロールバックチェア(可動式階段状座席)を利用して集合写真を撮りました。

【記念植樹の部】

 写真撮影のあとは二つ目のイベントとして、場所を光彩館玄関前に移し、記念植樹がなされました。今回植えられた樹木は「源平」という品種のハナモモです。選定理由はまず「校内にない樹木」だということ。それから名前のとおり、「卒業式や入学式の時期に紅白の花が咲くのは明るい未来の象徴としてふさわしい」ということでした。

〈挨拶〉山内慶太常任理事

 植樹を前に、大きく二つの観点からお話をされました。
 一つ目は「志木高の豊かな文化」ということです。光彩館は音楽室・ホール・和室など多様な活動が展開される空間であり、「志木高の豊かな文化」がさらに豊かに広がっていく空間になるだろうと述べられました。
 もう一つは「志木高の豊かな自然環境」ということです。志木高は植物・昆虫・鳥などが生存する貴重な環境を有していますが、その恵まれた環境を志木高は教育に活かそうと取り組んでいると指摘されました。一例として年3回発行している小冊子「四季-志木自然報告-」の存在を挙げられました。この小冊子は志木の自然を題材に、さまざまな分野から記事が作られています。こうしたものが作られるのも、文系理系の枠を超えて多様な専門の先生たちの間に志木高生の豊かな感性を育みたいという気持ちがあるからだと分析しておられました。
 志木高の豊かな文化がますます豊かになっていくこと、そして豊かな感性を持った若き塾生たちが育っていくことを祈って植樹をしたいと挨拶をされました。

〈植樹式〉

 いよいよ記念植樹のセレモニーです。植樹者は式典登壇者6名の方々に加え、生徒会の夏会長と後藤副会長の計8名となりました。ハナモモの木の根元にスコップで土をかけるという儀式を行ないました。これをもって無事75年記念イベントが終了しました。
 開設100年を視野に入れた、次なる25年の幕開けとして志木高の歴史に新たに加わったハナモモ。志木高生とともに成長しながら、いつまでも志木高生を見守ってくれる存在となることでしょう。

 お忙しいなか、本校75年記念式典にお越しいただいた方々へ心より感謝申し上げます。次なる25年に向けて、今後も本校へのご支援、ご鞭撻をお願い申し上げます。本校お立ち寄りの際にはぜひ「ハナモモ」の成長をご覧ください。