2023年12月8日(金)、三田キャンパス西校舎ホールにて、第135回志木演説会が開催されました。今回は、本校OBでアーティストの大山エンリコイサム氏を講師としてお招きし、「人格表現としてのアート―エアロゾル・ライティングの場合」という演題でお話しいただきました。

 大山氏は、ニューヨークと東京にスタジオを構えて制作し、各地で個展を開催する傍ら、ストリートアートに関する多くの著作を執筆。コムデギャルソンなど企業とのコラボレーションや大相撲の化粧まわしへの作品提供など、多様なメディアを横断しながら活躍するアーティストです。

 講演では、最初に、必ずしも自己表現ではなかった西洋美術の歴史から説き起こし、ストリートアートの一領域である「エアロゾル・ライティング」と美術との関係について概説していただきました。エアロゾル・スプレーなどで地下鉄や路上に自分の名前をかく「エアロゾル・ライティング」は純粋な自己表現であること、現代美術との親和性、マーケットでの評価など、ストリートアートに関する基礎知識と、現代社会との接点について手がかりを得ることができました。

 続いて、大山氏自身の仕事、エアロゾル・ライティングを非文字化、抽象化した「クイックターン・ストラクチャー」について、具体的な作品・展覧会を通してご紹介いただきました。まずは、本校の壁画。大山氏は本校を卒業した2003年、教員の許可を得て、校内のブロック塀にアート作品を残しています。その経緯とまだ残っていた文字としての意味についてお話しいただきました。次に、慶應義塾ミュージアム・コモンズ(KeMCo)の8階に設置された作品《FFIGURATI #314》、さらにそのKeMCoで2022年に開催され、立体作品にも取り組んだ個展「大山エンリコイサム Altered Dimension」。そして、本校の開設75年事業として建設された多目的棟(光彩館)に設置する作品についても紹介していただきました。

 最後に、人種やジェンダー、リアリティがハイブリッド化する世界で、人のアイデンティティはどのようにあり得るのか。それは、〈日本人+男性+会社員〉のような近代型の単一モデルではなく、好きなこと、得意なこと、生まれもったもの、出会ったものなど、自分のうちにある複数の属性を有機的に組み合わせ、ハイブリッドでありつつ安定した人格を形成し、他に置き換えられない固有の強さを磨くこと。それが、イタリア人と日本人との間に生まれた大山氏の考え方であり、志木高生=後輩たちに提示してくれた指針でした。大山氏の「クイックターン・ストラクチャー」は、自分自身を意識的に表現しようとする「自己表現」ではなく、そうして磨かれたハイブリッド時代のアイデンティティの自然な表出=「人格表現」なのです。

 講演後の質疑では、生徒たちからの「学生時代に強く影響を受けたものは?」「立体作品に挑戦しようと思った経緯は?」など、多くの質問に丁寧に答えていただきました。

 演説会終了後、恒例の3年生自由選択科目「芸術A」履修者による成果発表、台湾の薇閣雙語高級中學とのオンライン国際交流参加生徒による実施報告、生徒会制作の志木高創立75年記念動画の披露がありました。

 男声合唱に1年間取り組んできた「芸術A」の成果発表では、男声合唱の定番「いざたて戦人よ」、民謡「八木節」、映画『君の名は。』より主題歌「なんでもないや」、「慶應義塾塾歌」の4曲が披露されました。指揮や伴奏、曲紹介や進行も生徒たちが行ない、生徒たちだけで一つのステージを創りあげていました。

 国際交流の報告では、次年度の交流から、コロナ禍前のように現地を訪問するかたちに戻ることが説明されました。75年記念動画は、企画から編集まですべてを本校生徒会が行なって完成させたもので、教員や生徒のインタビューを織り交ぜて、本校の75年の歩みを紹介する大変見応えのあるものでした。動画披露の後にあった、生徒会副会長による、生徒自治に関する現状の問題点を指摘する短い演説も、彼らの真剣な生徒会活動を反映した意義あるものでした。

 次回の志木演説会は、2024年7月の開催を予定しています。